働いている人たちがみんなカッコいい
機械を巡るひとびと VOL. 010

鎌田歩さん

絵本作家

東京生まれ。主な絵本作品に、『まよなかのせんろ』(アリス館)、『巨大空港』(福音館書店)、『はこぶ』(教育画劇)、『はしる!新幹線シリーズ』(PHP研究所)、『ちかてつのぎんちゃん』(小学館)など多数。

2023年夏|Teamsにてインタビュー

 

このコーナー「機械を巡るひとびと」が始まって以来、絵本作家の方に初めて登場して頂きます。鉄道車両を取り扱う本は数多くありますが、保線機械マルタイを描いた絵本はほとんどなく、見つけたときにはびっくりしました。絵本の中でマルタイはどう描かれているのか?マルタイを絵本で描いた背景は?「まよなかのせんろ」の著者である鎌田歩さんとアリス館さん(出版社)にお話を伺っていきます。

 

絵本「まよなかのせんろ」より

■絵本「まよなかのせんろ」が生まれたきっかけ■

――鎌田さん、軌道保守の仕事は深夜の仕事で、絵本を読む子供たちには縁の遠い世界です。子供たちに大人気の新幹線やドクターイエローと比べ、マルタイには目を惹く派手さもありません。この絵本はどのようなきっかけで始まったのでしょうか。

 

鎌田歩さん(以下、鎌田):元々は絵本『どうろせいそうしゃ』という絵本を作ったことがきっかけです。

道路の清掃があるなら、線路はどうなっているんだろう?そんな興味から自分で調べ始めました。僕らの社会に必要な仕事なのに、知っている人が少ない。面白いテーマだったのでラフ案(絵本の下書き)を描きました。ある出版社との企画打合せでその案を出したのですが、他の案が採用されることに。そのときは絵本にならなかったけど、どこかで作品にしたいなと考えていました。

それから暫くして、アリス館さんから絵本のお話を頂いたときに、「線路のメンテナンス」がテーマとして出てきて。。。

あれ、どうだったかな?ずいぶん時間が経っているのではっきりとは覚えていません(笑)。アリス館さん、どうだったっけ?

アリス館(以下、アリス): (笑) 、鎌田さんに電車をテーマに絵本を描いて欲しくて、私の希望を鎌田さんにいろいろお伝えしました。その中の一つが「線路のメンテナンス」でした。通勤途中に列車から稀に見かける謎の車両。あの車両は一体何だろう?ずっと不思議に思っていました。きっと何か大切な役割を担っているのかなって。

打合せでそんな話をしたら、鎌田さんがラフ案をヒョイと出してくれました。タイトルは「まよなかのせんろ」、えっ、もう出来てる?とビックリしたことをよく覚えています。

 

――今のお話だと、鎌田さんも、アリス館さん、どちらの側もマルタイをテーマにした絵本を作りたかった。2つのベクトルが偶然結びついて生まれたのが、絵本「まよなかのせんろ」だったのですね。お聞きするだけでワクワクしてきます。

 

鎌田:本造りはいろんな偶然が重なっていて、いつも不思議だなと思います。アリス館さんと良いタイミングでお仕事が出来て良かった。

 

絵本より:フロント検測トロリーがセットされ、突き固め作業が今にも始まりそうです。

 

――絵本のテーマが決まり、そして次に現場取材をすることになったんですね。取材は鎌田さんだけで?それともアリス館さんも一緒に?

 

アリス:はい、私も鎌田さんと一緒に真夜中の現場取材に向かいました。初めての現場取材で、スカートで行ってしまったのでよく覚えています(笑)。現場は動きやすい服装であるべき。今では当たり前の事ですが、当時は何もわからず。。。現場の方々に驚かれたのをハッキリ覚えています。それ以来、スカートで現地取材は絶対に行きません。

 

――ええー!夜間作業にスカートですか。現場の人たちはみんなビックリしましたね。伝説として語り継がれるかも(笑)。その夜、初めてのマルチプルタイタンパーの作業はどんな印象でしたか?エンジン音や作業音、振動など現場でないと分からないことを体感されたかと思います。

 

鎌田:そういうことも含めて機械に圧倒されました。真っ暗な夜に、ライトで照らされ機械が躍動している。線路のメンテナンスのためだけ、ただそれだけのために作られた機械という時点で魅力的です。絶対に乗ることができない車両に乗れた貴重な体験でした。

 

――初めてだとビックリしますよね。謎の機械ですし(笑)。

 

鎌田:うんうん、謎の機械といえば資料を集めるのには苦労しました。なぜか日本プラッサーのHPは見た覚えがありません。英語かドイツ語のHPをいろいろ見た記憶があります。なかなか資料が見つからなかったので、鉄道模型を買ってその構造を調べました。

 

――模型を購入して調べることまで!そういえば前回、取材させて頂いた鉄道模型のコウイチさん(グリーンマックス社)も資料として鎌田さんの絵本を持っていました。マルタイの後作業を行う地上作業員の動きを参考にされたそうです。

絵本の中では一人一人の表情が豊かに魅力的に描かれています。おっ、この人は現場の〇〇さんかしらん、と思いながらページをめくります。

絵本より:どこかの現場で見たことがありそうな地上作業員の方々

 

鎌田:ほとんどの人は知らない真夜中のお仕事。もちろん車両はカッコいいのだけれど、働いている人たちがみんなカッコいい。私たちの知らない真夜中に、黙々と作業をして僕らの安全を守ってくれている。現場取材で見たどの顔も自信に満ち溢れた良い顔でした。身体を動かす仕事だけでなく、頭を使ってデスクワークもしている。地に足ついた「ちゃんと働く仕事」で毎日充実しているんだろうな、羨ましいなと。私のようにフラフラしているのとは違う(笑)。絵本を通じて、この仕事をみんなに知ってもらいたいと思いました。

 

――そう言って頂けるのはすごく嬉しいです。現場で働く方々は、いつも作業が深夜なのでなるべく目立たないように作業をしています、まるでバンパイアのように。作業音や作業振動でクレームを受けることはありますが、なかなか鎌田さんのように言って頂くことはありません。ありがとうございます。

 

■絵本を作る上で意識すること■

――絵本の中ではタンピングツールのことを「さいせきをつきかためる“くい”」と表記するなど、専門用語を一般的なものに置き換えて分かりやすく表記されています。専門知識と分かりやすさの両面を考慮しながら言葉を選ばれたのだと思いますが、どうやって言葉を選んでいくのでしょうか?

絵本より:タンピングツールの迫力ある動作

 

鎌田:小さい頃から、バイク屋さんなど生活内の手の届く範囲でなにかしらの機械と接してきました。特別に機械が好きということではないけれど、そういう時代に育ったので生活の一部として機械がずっと存在していたし、マニアックな話も個人的には好きです。でもそういう大人向けの本は世の中にたくさんある。僕が作っているのは子供たちのための絵本。子供が分かってくれる、そして大人も分かるものにしたいと思っています。

そのために「その機械が何をする機械なのか」、そこを見失わないことです。「マルタイは線路のゆがみをとる」、そこを分かりやすくしていくのに苦労しました。自分が理解しないものは描けません。取材を通じて撮影した写真や、インターネットで見つけた資料をかなり読み込みました。どんな表現を使うかも大事だし、図解では角度(構図)もいろいろ悩みました。

 

――子供たちが読むからこそ、構図一つずつが大切なんですね。「まよなかのえほん」で描かれるマルタイも斜めから、横から、正面からとバラエティーに富んでいます。視点が変化することで、ワクワクに繋がるのですね。絵本を読んだときには考えもしませんでしたが、構図って大切ですね。絵を描くのはPCですか?それとも手を使って描いているのでしょうか?

 

鎌田:手書きですね。パソコンは使いません。うーん、どうしてだろう。言語化するのが難しい。。。出来上がった絵本を子供達が目でみるのが絵本だからかな。CDは人間の聴こえないとされる周波数をカットしているのに対し、レコードはその部分の音も記録している。だからレコードの方がCDよりも臨場感のある音を再現できると言われています。絵本の世界でも、手で描くことで作っていくアナログだから伝わることがあると思っています。それにデジタルだと何度も描き直したくなってしまうし。手で描くとやり過ぎにならないのも良いですね。

絵本より:グレー色を使い分け、真夜中を再現。印刷段階での大きな課題だったそうです。

 

――最後にもう1点だけお聞かせください。この記事を読む方の大部分は保線業界で働いています。その方たちに向けてメッセージがあればお願いします。

 

鎌田:先ほども言いましたが現場取材で見た皆さんのカッコいい姿が目に焼き付いています。社会のインフラを担う皆さんの価値を少しでも知ってもらえるよう「まよなかのせんろ」が役立てれば嬉しいです。絵本は息が長いので、いろいろな方法でこれからも広がるといいなと思います。

 

鎌田歩さんの愛用品 「ラッションペン(水性ペン)」 

ペン先が細いと描きたくなるので、結果として描きすぎになる。このペンはちょうど良い太さ。細すぎないから(良い意味で)描きたくならない。水性インキだから紙の裏うつりも少ないし、味もある。濃さも描くのにちょうど良く長年に渡り愛用している。

 

――編集後記――

絵本を見つけてからずっとお話を伺いたいと思っていました。この場を借りて、インタビューを受けて頂いた鎌田さん、そしてインタビュー実現にご尽力いただいたアリス館さんに感謝致します。鎌田さんの穏やかな声と自然体な姿。背景でときおり揺れる真っ白いカーテン。絵本の世界に入りこんだかのような、夢のインタビューでした。

 

「まよなかの線路」 鎌田歩/作 アリス館

 

最終電車から一番電車までの限られた時間のなか、みんなの安全を守るためにはたらく、マルチプルタイタンパーの仕事を紹介します。

判型サイズ:AB判 ページ数:32ページ

ISBN978-4-7520-0770-8

定価:1,540円